せっかくこのようにブログを書いているのだから、指導的なことも書いていきたい。しかも、どうせ書くのなら、国語のことを中心に書いていきたいと思う。実は私が最も得意としているのは国語の成績を上げることである。正直言って国語ほどその指導法があいまいなものはなく、指導者の力量が大きい科目もないのではないかと思う。
1,このブログでの『国語力』というものの定義について
ここでは文章を深く味わうことができるとか、感受性が高いとか芸術的な文章が書けるというようなあいまいな力のことではなく、筆記試験で高い点数をとることのできる力とする。
2,『国語力』とは『読む力』と『解く力』に分けられる。
「よく読みなさい」とか、「よく考えて解きなさい」ということを国語を専門で教える人間でも言うが、それはほとんど何も指導していないのと同じである。問題はどう読み、どう考えて解くか、ということだ。
私はまず『読む』方法を教えることから始める。よく本文なんか読まなくても解けるなどという指導法を目にするが、私はまず国語の「次の文章を読んで問いに答えなさい」という大前提を大事にしたい。それが全ての基本になるからだ。
人の話を最後まで聞かない人はその姿勢がすでに間違っていると思う。患者の話を聞かない医師、依頼人の話を聞かない弁護士、生徒の話を聞かない先生、顧客の話を聞かない建築士……到底良い仕事ができるとは思えない。将来のことを考えても相手の主張をすばやく正確に理解する能力を鍛えなければならない。
それはともかく、まずは『読む力』である。筆者が何を言いたいかを押さえるためには訓練が必要だ。そしてそれができるようになったら、あるいはそれとともに『解く力』を鍛えなければならない。あるレベル以上になると、書く力が必要になる。これは筆記試験において記述問題が大きな点数を占める以上、必要不可欠な力である。比較的成績の良い子も国語の記述問題が苦手だという子は多い。それはその子の力がないというよりは、『どう書くか』を知らない、教えてもらっていないからなのである。
国語力についての考察②に続く。
荘園校 戸高
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